核武装論の進展により他の武力関与はしないで済む

重要なのは災禍を被らないこと

自分は平和主義でもないし戦争主義でもない、言うなれば現実主義だ。
だから、以下の三点の積極的行動において強く反対する。

  • 敵基地攻撃能力の法整備に、反対する。
  • 戦争参加のための巡航ミサイル(トマホーク)の配備に、反対する。
  • 必要以上の経済制裁にも、反対する。
    これは「窮鼠猫を噛む」を避けるという意味。孫子で言えば「三面方位」。

先日、北朝鮮で行われた水爆実験は推定威力160キロトン。
広島のものと比較して10倍以上と言われている。
これが東京に落ちた時は、関東一円は全死になるのではないか。
つまり他の武器では、「蛙の面に小便」でまるっきり意味を成さないのだ。

核抑止能力を有するものは、唯一、核ミサイルだけだ。
核シェアリングという具体的な構想を掲げる石破茂氏を推します。
安倍はアメリカに尻尾を振るだけの人間だから、この交渉はできないと思う。

ビートたけしも核武装論に賛同

芸能界の大御所がこの度、日本の核武装論に言及した。
混沌とした今の北朝鮮状況を、芸能界も無視できない。
言いにくいところを切っ先を開いていく所はさすがのビートたけしである。

核武装論はなぜ必要か

この核武装論は、日本にとって、強烈な外交カードとなりうる。
何より中国が嫌がっているのが、この方針が正しい証拠である。
敵の嫌がることをせよ、である。

この考えに重要な反論があることは知っている。
北朝鮮の核武装に反対するのに、日本自らが核武装するのかというもっともな正論である。
この核武装議論が問われるのは、日米安保への半疑が要因と思われる。
日本自らが関与できればより確信することができるという意味だろう。

だから当然に、北朝鮮の核の実武装より前に出てはならない。
アメリカが安穏とした態度をやめ、武力制裁を現実的に視野に入れるなら、日本の核武装議論の歩みも急がない。
もし金正恩政権が倒壊する展開になれば、その時は核武装議論もストップするべきだと考える。

だがアメリカが北朝鮮の核武装を容認する場合、日本は速やかに核武装せねばならない。
北朝鮮のような田舎の国になめられまくって、それに何もやり返せない口先国家からの安全保障などまるっきりアテにならないからである。
その日のくる可能性を否定できない限り、核武装の議論だけでも、日本国内において静かにゆっくりと行われていくべきであろう。